優しい雪の物語

 
 雪が降るときは、優しくなれる。
 特に夜の雪は電灯に照らされて、混沌の中のたった一つの真実であるかのように輝いているーーーーーー


 冬場は4時を過ぎるとすっかり暗くなる。
 すでに暗くて電灯の明かりしか見えない外の景色に、佐々木蒼は大きくため息を付いた。その隣では、いかにも頭の切れそうな美少年の、花本蓮が学級委員としての仕事を黙々と進めていた。
 蒼には全く目もくれずに仕事をこなす蓮を、蒼は見ながら机に足をかけて椅子を揺らしている。二人の間には会話という会話がない。それもそのはず、彼らは犬猿の仲で有名だった。
「……なぁ? 俺、もう帰ってもいいだろ? 全部お前がやってんじゃん」
「君が僕に協力してくれないだけでしょ?」
 ぴしゃりと返される返答。
 思わず蒼はむっとする。
「かせよっ! さっさと終わらせてやる」
 書類の半分を蓮のもとからばっと奪って、彼もまた黙々と仕事に入る。けして自分から進んでではなかったが。


「っ……ざけろよーっ。8時じゃん、このクソ寒いのに……」
 厚いコートに身を包んだ蒼が靴箱から靴を取り出して、徒然と蓮に嫌味を言い続ける。それに対して蓮は何も答えない。蓮も靴箱を開けて靴を取り出した。これ以上寒くなる前にさっさと帰りたいのは山々なのだから。
「……あ? おい、なんか落ちたぞ」
(何? 落すようなものもってないけど……)
「ごめんっ……、ありがとう」
 どうやら靴を取り出す際に落ちた可能性が高い。
 蓮が受け取るために蒼に手を出すが、蒼は一向に渡す気配がなく、それをじっと見ていた。
「蒼……、返して……」
 蒼は手に持っているものから目を離すと、蓮の瞳を見つめた。まるで獣が小さな動物を狩るときのような鋭い目付きだった。
「あ……お?」
 ピラッ……と落ちていたものを蓮の目の前にちらつかせ、ぽんっと渡す。
「ラブレター。蓮君は大層おもてになられるようで」
「あっ……蒼、待って……」
たたっ……と走り、蒼の後ろについていく。
 蒼は解っていたけど、あえて振り向かなかった。
 なぜか胸が痛くて、苦しくて、でも高鳴りを抑え切れなくて……。
 本当は知っているのだ。
 自分は蓮のことが好きだ、と。
 だからこそ、解ってもらえないのがもどかしくて、苛々して冷たく当たる。
 蓮はこんな自分を嫌っているだろう。あからさまに嫌な態度をとられて、でも好きになるなってありえない。
 くるっと振り返る。
「どーすんだよ、その手紙」
「どうするって……。知らない子だし、どうもできないよ」
 きっと蓮のすることだから、優しく丁寧に、相手をあまり傷つけないように断るのだろう。蓮のすることは容易く想像できた。蒼はずっと彼を見続けていたのだから。
「じゃあ、捨てろよ」
 冷たく言い放つ。
 側に来ないでほしい、笑顔を見せないで。もう嫉妬の嵐から抜けられなくなる。
「それは……、無理だよ」
 予想通りの答え。悔しいけど、蒼はそんな蓮が好きだった。
 純粋で、きれいで、汚れてなくて、決して汚してはならない存在。
「……あっそ。」
 無言の時の中、ただ二人は同じ道を歩く。
 蓮は蒼に言われて、また突き放されて、しゅんとしていた。
 ヒヤッ……と鼻先を掠める冷たいものがあった。
「……?」
 蒼は空を見上げた。
 暗い中で、外灯の光を受けて反射する、真っ白い雪が静かに下りてきた。一足早い初雪に蒼はすごくきれいなものを見た気がした。
「蓮!雪だ」
 蒼は微笑みながら蓮に言った。
 蓮は自分に向けられた蒼の笑顔に驚いたけど、同時に何よりも嬉しかった。
 いつもは絶対に見せない笑顔を蒼が見せるから……。
「……そうだね」
 蓮も満面の笑みを浮かべた。
 蒼はその笑顔を見て、蓮が自分に笑ってくれると思ってなかったから、彼もどうしようもなくドキドキして、自分の気持ちを抑えられそうになかった。
「蒼。きれいだね、雪」
 幻想的な風景はまるで、蒼にとっての蓮のようだった。
 空を見上げる蓮の横顔をじっと見詰める。
 美しく、汚してはいけなくて、手が届きそうで絶対唯一手が届かない。
 そんな彼を好きになった今、どうすればいいのかわからない。だから、彼だけに冷たく当たった。
「……蒼?」
 自分を見つめている蒼の視線に気付き、蓮はきょとんとしていた。
 ゆっくりと近づく蒼の顔。
 柔らかい感触に身を任せる。
「んっ……」
 小さく漏れた蓮の声が、蒼を現実へと引き戻す。
 自分が何をしたか、何をされたか、互いに理解して顔を赤く染めた。
「あっ……ごっ、ごめん、俺っ……」
「……」
 蓮は無言で下を向いたまま、小さく震えているようだった。
 自分のしたことの重大さに蒼は蒼で落ち込んでいた。
「……いいよ。あっ……、蒼は俺のこと嫌いだから嫌かもしれないけど……」
 白い息とともに涙目で蓮はぼそっと呟いた。
 蓮は蒼をじっと見つめていた。
 蒼もまた純粋な蓮の瞳に縛られていた。
(蓮が……俺のこと嫌ってない……?)
 ドキドキが高まっていくーーーーーー
 蓮が蒼を見ながら最後に一言付け加えた。
「蒼が……すきだから……」
 そういうと、蓮は一人でタッ…と走って帰ろうとした。あわてて蓮の手をつかみ、蒼は自分の胸の中に蓮を捕まえる。
「俺も……」
 ぱっと顔を上げる蓮。でも一瞬で落胆した顔になる。
「嘘……。同情ならいらないよ……」
「嘘じゃない! 好きでもないヤツにキスなんかしないよ。蓮のほうこそ……。俺…ずっと言えなかったんだ」
 嫌われてると思ったから、と蒼は蓮を抱きしめた。また、蓮のほうもそぉっと蒼の背中に手を回す。
「ほんと?」
 不安げな表情で蓮が聞く。
 素直な蓮がかわいくて、離したくなくて、幸せな気持ちでいっぱいだった。
「本当だよ。今までやなこと言ってごめんな……。てっきり嫌われてるとばかり……」
「それは俺のほうだよ」
 じっと二人は見詰め合って、くすっと笑った。
 純粋だけど絶対に消えることのない想い。
 儚い雪が二人を素直にさせてくれたこと、この季節になるときっと、思い出すのだろう。



ーーーそして雪は、新しい物語を奏でていくーーーー




中学生同士の、ちょっと幼い感情を書いてみました。
断じて、ショタではないんですが、やっぱり学生という枠組みが好きなんですよね。
北海道は雪が多くてこんなロマンチックになるよりも、雪が降ると、みんなでため息です(笑)
以前、参加していたサークルさんに投稿したものですが、ちょっとだけ加筆しました。