002:笑顔が見たくて


 微笑んでほしいと思うのは、僕の我侭なのかな。
 でも、他の人には笑ってほしくない。
 僕だけに、その笑顔が向けられたら、どれほどの幸せなのだろう。
 それを経験したことのない僕は、その、しあわせをしらない。



 煉央学園高等部に、桂木秋人(かつらぎあきと)は所属していた。
 彼は、中等部からこの学園に入学していて、そのときからずっと、変わらないことがある。
「こんにちわ」
 広大な敷地内のこの学園だけれど、教室よりも、一番落ち着く場所が、ここ、図書館であった。
 秋人は中学一年生の頃から、ずっとこの学園の図書委員をやり続けていた。
 最初は、クラスの中で誰もやりたい人がおらず、押し付けられたような形だったが、幸い本を読むこと、本のある環境にいることが何よりも大好きだったので、適職だったといえよう。
 今日も、毎日の日課のように誰に頼まれたわけでもなく、図書館まで足を運んでいた。
「こんにちわ。今日も来てくれたんだね」
 この図書館は、中学生から、大学生までが幅広く使うために、その本の量、貸し出しは並みのものではなかった。
 そのために、常駐の図書館司書が何人もいた。
 そのなかの一人、池内聖二と(いけうちせいじ)というここの卒業生であり、現在28歳の史書の彼を、秋人はひそかに想っていた。
「聖二さんは、ここ連日勤務ですね」
 秋人はカバンを下ろし、聖二の隣のパソコンに向かって腰を下ろした。
「そうだね。でも、そういう秋人君こそ、俺よりもここに頑張ってきてるからね。負けてられないよ」
 笑いながら、聖二はくしゃっと秋人の頭を撫でた。
 暖かい手。
 15歳の秋人には、28歳の聖二は立派な大人だった。
 身なりは、金髪でとてもまじめそうには見えない彼も、かなりの仕事熱心のところがあった。
(それが、好きなんだけど)
 始めてあった頃。
 秋人は、図書館には到底似合わない、この聖二という男に対して、不快感を覚えていた。
 なんで、こんな人がここにいるんだろう。
 どうせたいした仕事もしないで、楽そうだからとか、そういう理由で決めたに違いない、と思い込んでいた。
 ただ、それは聖二の見かけだけで判断したことで、実際仕事を一緒にするようになって、誰よりも、聖二が影で努力しているかを知った。
 それから、ずっと。
 秋人は、聖二のことを見続けていた。
 そんなことを秋人が想っていることは、もちろん聖二は知らないだろう。
 現に、わざとちゃらちゃらした男を演じようとする彼は、今も本を返しにきた女子大生に「今日もかわいいね〜〜」なんて、軟派な言葉をかけていた。
 彼の笑顔は、周りのみんなを明るくする力があると秋人は感じていた。
 自分は、メガネで、はっきりしたこともなかなか言い出せなくて、内気な性格をしている。
 ここになじむまでは、思いっきり笑うことすら出来なかった。
 そのうち笑い方を忘れてしまった。
 それを変えてくれたのは聖二の笑顔があったからだった。
 聖二が笑うと、つられて頬がゆるくなる。
 みんなに笑いかけてるのと同じ笑顔なのに、それが、すごく自分にはすごく効果があるものだった。
 この笑顔を。
 独り占めできたらいいのに。
 そんなことを想って、ただ、聖二に会いたくて、毎日ここに通ってるなんて。
「なぁ、秋人君」
「はい?」
 聖二のことを考えていたら、いきなり話しかけられて、思わず強張った表情を出してしまった。
「頑張る君に、ご褒美を上げたいといったらどうする?」
 にこにこと笑いながら、こっそり耳打ちをしてくる。
「えぇ!?」
 思わず、大きな声を出し、聖二の手で口をふさがれた。
 そのあと、聖二は口の前で、人差し指を立てた。
「でも…ぼく、ですか?」
「うん」
「だって、僕以上に頑張ってる人もたくさんいますよ?」
 いきなりご褒美なんてもらったら、それだけで舞い上がってしまいそうだ。
 それに、どうして自分なのかがわからなかった。
「でも俺は、秋人くんがかわいいからね」
「え!!!!」
 顔に血が上るのが解った。
 そういう意味じゃないと解っていても、かわいい…と言われてうれしいと思うのは、間違いだろうか。
「しーーーー!!!」
 他の子にばれたらこまるから!と聖二は再び秋人の口を塞いだ。
「実は、もう用意しちゃってるんだ」
 なぜか聖二はうれしそうにポケットに入っている財布を取り出した。
 お札入れの中から、聖二が出したのは、化石博物展のチケットだった。
(これ……)
 以前、秋人はここで、恐竜や化石の本を飽きるほど読んだ。
 それを覚えていてくれたのだろうか。
 いや、まさか、いくらなんでもそれはないだろうとか、頭の中を色んな思いが交差する。
「秋人君、化石とかすきなんだろ?それが、俺もなんだよね。なかなか同じように興味をもってくれる子がいなくてさ、いっつも一人で行ったりして、寂しかったんだー!」
「僕が、すきだって気付いてたんですね」
「そりゃあね、だてに司書やってないんだよ。そんなのすぐにわかっちゃうよ。それで、あーー!!俺と同じこがいた!ってすげー嬉しかったんだ」
 ぎゅっとチケットを握り締めて、そのときのことを思い出しているらしい聖二は、本当に嬉しそうな笑顔だった。
「行くよね?」
「はい!!ぜひ、行きたいです!!」
 手渡されたチケットを、改めて見て、本当に自分が見たかったものだったと再確認し、満面の笑みで秋人は聖二にお礼を言った。
「ありがとうございます!!」
 うわ〜〜たのしみだな〜〜と、秋人は何度も何度もチケットを広げて、見ていた。
 くすっと横で聖二が笑う。
「よかった。よろこんでくれて」
「ほんとに嬉しいですよ!!聖二さんが、そういうのが好きだってことはびっくりでしたけど」
「そっか。でも、俺も本当によかったよ」
「?」
「秋人君さ、最近、なんとなく元気ないような感じだったし、思いっきり笑った顔、すげーひさしぶりに見れた」
 優しい顔で、聖二は秋人の顔を覗き込んだ。
「そうかな」
「うん。それが見れて、俺はなんだか幸せだな〜〜」
 よしよし、と秋人の頭を撫でた。
「楽しみですね」
「おう!」

 
 笑顔を見たい。
 君だけの、僕に向ける笑顔を見たいんだ。
 特別で、僕だけがわかる、君のとっておき。

 それが、自分の力で、自分のおかげで、自分のために。
 トリプルスペシャルスマイル。




 煉央学園を、ここで書くとは思ってませんでした(笑)
 実は、これからアップしようと思っているのが、煉央学園シリーズなのです。
 第一弾は、昔に書き終えていた「アイノオト」という作品なのですが、この煉央学園には、いずみはものすごく思い入れがあって、一話一話楽しく書かせてもらってるんですよ。
 大切な、作品の一つです。このHPでも代表的なシリーズになるといいなぁ…。なるように、努力します(*^▽^*)
 その作品の中で、司書と学生の話をもともと考えていて、本当は秋人はもう少しおとなしい感じの子だったんですが、書いてみると意外とふつーの子になってしまった…
 しかも、司書の聖二がどうしても書いてるときから大阪弁のイメージがあって、セリフのときに、大阪弁を書いてしまいそうになりました…大阪弁にすればよかったかな(笑)
 でも、再出発で、さっそく煉央をかけて自分としては、幸せです。あ、もちろん、この子たちにはまだまだ続きがありますが、それは後々。では、読んでくださってありがとうございます☆