ダーリンPPP


 こんな奴だから好きにならなきゃよかったなんて思ってないよ
 君がいたから、幸せに毎日を過ごせてるんだ


                                     ☆ ☆ ☆


 朝の太陽は、何よりもつらい。まだ夢見心地の体に痛いくらい突き刺さってくる。
 葉舟うちはは、眠い目をこすり、あくびをしていた。
 けれど、どんなにつらい朝も、今となりで歩いている熊谷準也がいてくれれば、笑顔でいることが出来た。
「準也ぁ〜、眠くないの?」
 あくびのせいで潤んだ瞳で、横にいる準也に声をかける。
(うちは必殺!うるるんセクシー攻撃だ!!)
 人々から、男に似合わずかわいいといわれてきた容姿を最大限に利用し、愛しのダーリンにアピールする。
「あぁ。お前みたいにお子様じゃないからな」
 チラッとうちはを見ていつものことだとさらっと流した。
(ちっ…。失敗か)
 心の中で小さく舌打ちをするが、この攻撃は聞いたためしがないのも事実。
 じゃあ…と、うちはは真っ向から戦おうと決心した。
「あのさ、8月23日に夏祭りがあるんだけどさ、知ってた?」
「いや」
 そっけなく突き放す準也にめげる様子もなく、うちはは準也のシャツをぎゅっとつかんで一生懸命続きを話す。
「でね、夏祭りに行きたいな〜なんて思ったりして…」
 媚びるように上目遣いで準也を見たが、相変わらず平常心を保っているようだ。
「ふ〜ん。…そう」
 第一、高校一年になった男二人が夏祭りに行くというのもある意味不気味だろう。
 けれど、うちはがそんなことを言うのは、準也が大好きであり、そして、一応二人は付き合っているからなのである。
 幼馴染みである彼らは小さな頃から良く二人で遊んでいた。…といっても、遊ぶというよりはうちはが準也の後ろについてまわっていたというほうが正しいだろう。そして、幼い執着心は、いつしか恋となり、同じ高校に入ったときに、うちはは思い切って準也に告白したのだ。
 気持ち悪いとののしられるかと思いきや、意外にもあっさりOKしてくれて、付き合うことになった。
「そう…って、準也、なんか用事でもあるの?」
「学校遅れるぞ。ノロノロ歩くな」
 答えずに準也は一人で足を速めた。置いていかれまいと、うちはも小走りで追いかけるが、その後夏祭りに関して、準也は触れてこなかった。
 そう。二人の関係は大して今までと変わっていないのだった。気分的には、うちはの片思いのままだった。
 一度もスキとは言われていない。準也の態度も全く変わった様子もなく、変わったことといえば、体の関係を持つようになったことだけだった。
 物足りなさを感じながらも、拒絶されなかった事だけが救いであるように、うちはは準也にくっついていた。
(準也の意地悪……悪魔、性欲魔人…)



「なんか、今日お前ため息多いなぁ〜」
 隣の席に陣取っている親友の林基成があきれた口調でうちはを覗き込む。
 うちはは、夏祭りのことに準也が触れなかったのがよほどこたえてるらしく、うつむき加減で何度も何度も深いため息をこぼしていたのだった。
「そ〜お〜?なんかも俺ダメかも…」
 いつもとは違ってうちはが本気で悩んでいるのを見て、基成は心なしかわいそうになってきた。
「なんだよー。また熊谷とケンカでもしたのか?」
 うちはがぐったりきてるときにはたいてい準也関係である。基成は、いくら幼馴染みとは言えど、良くここまでべったりしていられ、執着心も持っていられることに関心さえしているのである。うちはと準也が付き合っていて、構ってくれなくていじけているという事実は知らなかった。
(はぁ〜〜…夏祭りぃ〜〜)
「ま、そんなところ……。って言うか、今何時?」
「12時20分くらいだけど?」
「え?もうそんななるの? やばいっ」 
 慌しくうちははカバンをがさごそとあさり、布にくるまれた四角い箱を取り出して、教室を出て行った。
 そんな姿を無心で目で追っていた基成は、またもや無心でつぶやいた。
「……弁当、食いに行ったのか…。ハムスターみたいな奴だな」

 急ぎ足で、コンクリートの階段を駆け上がり、構内で一番重く分厚い、屋上の扉をうちはは精一杯の力で押し開く。
 かび臭い湿った空気が一気にからっとした気持ちいのいいものに変わった。
 その視線の片隅に、準也の姿を見つける。
「準也っ!ご飯食べよ」
 てけてけと、目標の準也の元まで行き、隣にちょこんと腰を下ろした。
 準也はそのうちはの行動を見て、基成と同じような事を思ってはいたが、全く口に出さずに冷たい視線を送った。
「遅い」
「あ、もしかして怒ってる?」
「当たり前だ。先にくえば文句いうしと思って待ってれば…」
 一応、自分のことを考えて、食事に手をつけずにいてくれたと思うと、なんだか少し幸せな気分になれた。
 申し訳ないと思いながらも、うれしくて顔がにやけてしまう。
「ごめん・・。ね?ほら、本当に時間なくなっちゃうからたべよーっ」
 準也にしたら、何をそんなにうちはがニコニコしているのかはさっぱりわからなかった。
 「バカは放っておこう」と心の中でつぶやき、やっと弁当に手をつけ始めた。
 食事の間中、うちはは今日の出来事を一生懸命はなしていた。だから、当たり前に準也がたべ終わってからも弁当箱には三分の一ぐらい中身が残っている。しかも、好きなものから食べるといううちはの習慣により、ほとんどが嫌いなもので、余計に箸が進まない。
(ガーン…。ピーマンなんか入れるなよぉ〜)
 この世で一番嫌いなピーマンを見つけてしまい、思わず機関銃のように話していた口も止まった。視線はもうピーマンに釘付けである。
「うちは?」
 急に静かになったうちはを何事かと思い準也が見ると、ピーマンと戦う姿があって、思わず笑いがこみ上げそうになる。
 ピーマンごときに真剣な顔をするなんていまどきいないだろう。
 ピーマンをつかみ、わなわなと震えているうちはの右手ごと、準也は手で抱え、自らの口元に寄せ、ピーマンを口に入れた。
 平然とたべる準也にうちはは眉根を寄せる。
「準也。よくそんなん食べれるよな」
「好き嫌いしてるから小さいまま成長しないんだろ、うちは。だからお前はお子様だって言うんだよ」
 はにかみながら準也はうちはのことをからかった。
 他人に言われると腹が立つ言葉も、準也になら言われても本気にとらない。
「うるさいよ!準也だって納豆食べられないくせに!!」
「あれは食べ物じゃない。腐敗した豆だ。あんなものたべたら腹壊すに決まってる」

「なぁ、朝話してた夏祭りの件だけどさぁ〜」
 さりげなくうちはは、今朝軽く流されてしまった話題を持ちかける。
 うちはが、ここまで夏祭りにこだわるのには、理由がある。
(やっぱさ、恋人なら…恋人同士ならイベントごとは欠かせないもんだよな)
 そう心で自問自答し、準也を見つめた。
 しかし、準也は聞いているのかどうかと思うような、めんどくさそうな表情に変わる。
「あぁ」
 そう短く告げただけで、うちはの目を見ようともしていなかった。
(なんだよ…。なんだよなんだよーーー!!!)
 本気でムッとしたうちはが、ぎゅっと準也の袖をつかみ、「おまえなぁ!!」と言いかけたところで、屋上のドアがガチャ…と開いた。
「あー、いたいた、熊谷。ちょっと来てくんねー?」
 準也のクラスメイトが、どうやら用事があるらしく、息せき切りながら二人の間に割り込んできた。
「またかよ…」
「…そこを何とか!!頼むって」
「はぁ〜……」
 うちはの目の前で、二人だけの間で成り立っている会話が繰り広げられていた。
 あっけにとられてポカンとしていたうちはも、そのクラスメイトの顔を何度が見たことを思い出した。
(あ…放送部のやつだ……。何回か、準也に放送頼んでたよな)
「悪い、葉舟。熊谷借りていい?」
 不意にクラスメイトの彼がうちはに向き直る。
「あ、うん、わかった」
 営業スマイルつきでうちはがそういうと、彼は、急いでいるのも忘れてうちはに見とれていた。
「サンキュー!!」
「ちょっと待て。そこでなんで俺じゃなく、うちはに許可を取るんだよ」
「いや、だって残りの休み、つぶしちゃうからさー」
 それは俺のほうだろう!と怒る準也に悪びれもせず、彼は準也を無理やり引っ張って、放送室へと走っていった。
「あ〜あ。また夏祭りの話し途切れちゃったよ…」
 放送を告げるチャイムがなり、スピーカーから聞きなれた準也の声が流れてくる。
「…んで、こんなにかっこいいんだよー!!バカ…」
 そう叫んでみても準也に届くはずもなく、うちはの思いと一緒に風に交ざり消えていった。


                                  ☆ ☆ ☆



「あれー、うちは、まだ帰らないのかよ」
 クラスメイトが、次々とドアから出て行く中、自分の席にちょこんと座ったままのうちはに声をかけてくる。
「うん…。準也待ってるから」
「え?熊谷? あいつ部活じゃん・・・・。つか、お前らってマジなかいいよなー、すげーよ」
 仲良し、というのとはちょっと…、いやかなり違う気がしたが、曖昧な笑みを返した。
「ま、ね」
「じゃ、明日な!」
 そう告げ、彼も颯爽と帰途へついた。
(早く帰りたいよ、俺だって……)
 でも、うちはにとって、早く家に帰ることよりも、準也といる本の少しの時間が大切だった。
 くて…っと机に突っ伏したまま、グランドから聞こえる部活をやっている生徒たちのざわめきに、瞳を閉じた。



「おい、うちは」
 頭上から降ってきた声は、間違いなく待っていた準也のもの。
 ぼやっとした頭を振り、花でも咲いているかのような笑顔で、うちはは顔を上げた。
「遅いよ〜!準也〜〜」
 甘えた声を出すけれど、見上げた準也の顔はいつもどおりクールなまま。
「待ってろとは言ってない」
「……でもさ〜」
「でもも何も、今日は遅くなるかもしれないから先に帰れって言ったよな」
 それは、今日だけではなく、何度も言われた言葉。でもただ一緒に帰りたい。
 同じ時間を、少しでも多く共有したい。それだけなのだ。
「まぁ、いい」
 すっ、とうちはのカバンを床から持ち上げ、準也は目で促した。
 その瞬間、ぱあっとうちはの顔色が変わった。
 立ち上がり、準也からカバンを受け取り、小さな歩幅で彼の後を付いていく。
 廊下を歩いていくと、校内に残っている人が、まるでうちはと準也だけのような気がしてくる。それくらいもう学生は残っていないということで……。
 何も話してくれない準也の足音だけが、やけに大きく聞こえてくる。
「準也…怒った?」
 話さないときは、いつも怒っているとき。
 それを知っているからこそ、この意心地の悪い空気を何とかしようと、うちはは自分から近寄っていく。
 本当は、準也がそれほど怒っているとは思っていない。
 一緒に、うちはの歩幅にあわせて歩いてくれている。
「なぁ〜、準也ぁ……」
「うるさい。黙って付いて来い」
 何に怒っているのか見当も付かないが、否定しないということはやはり思うところはあるらしい。
 しゅんと頭を下げてうちははただ後ろを歩いた。
 ふと準也が足を止め、うちはのほうへ向きを変えた。
「…何?」
 真剣な眼差しで自分を見つめるなんて、珍しい。
 というか、いままでは有り得なかったことだとおもう。
 きょとん、としながらも、瞳をそらさずに、うちははただ準也を見つめ返した。
 ふぅ……っと準也がため息を漏らし、うちはに顔を近づけた。
(え…俺、またなんか呆れられたの!?)
 ガーン…と落ち込み始めたうちはに、準也は唇を重ねてきた。
「んっ・・・・うぅ…」
 重ねられた唇は、軽くだけ触れると思って気を抜いていたが、唇の間から準也の舌が割り込んでくる。
 大好きな準也の唇。
 キスの感触。
 いきなりの出来事。まして校内でこんな事をするなんて…と驚きはしたが、求められて、拒む理由はなく、ただ準也に身を任せた。
 舌を絡めとられ、どちらの唾液かもわからなくなる。
 吸われて、甘噛されて、それだけでうちははもう、準也のことしか見えなくなってしまう。
「うちは……」
 意気がある様子もなく、冷静な声色で準也が自分の名を呼ぶ。
 いつも呼ばれているその名前も、この本の少しのみだらなキスで、うちはを蕩かす促進剤となった。
(準…大好き)
 何に対して準也が機嫌を損ねていたか知りたかったのに、もう頭は考える力を失っていた。
 ただ熱くて、愛しくて、準也の背に腕を回し、しがみ付いた。
「ふ…ぅあ・・…準也ぁ〜」
 下半身までに熱が到達し、がくっと体が震えて、準也が慌ててうちはを支える。
「……っこっちに来い」
 長い間咥内を蹂躙していた舌が抜かれ、準也はうちはの手をとり、ふらついている体を無理やり引っ張っていった。
「どこ、いくんだよ」
 体は準也にもっと愛されたがり、うちはの足をもたつかせる。
 反応してるが故に、準也の歩く早さについていけず、ぐいぐいと手を引かれ、力もなく引っ張られるままになっていた。
「こんな所きて、どーすんだよ・・・」
 早く帰って、抱きしめてほしい。
 手から伝わる準也の温もりにさせ、頬が熱くなる。
「いいから、早く入れ」
 バタンと大きな音を立て、連れ込まれた先は、トイレの個室。
「準……?」
 再び唇を重ねられ、疑問を声にすることなく、言葉はかき消されてしまった。
 準也は、うちはにキスをしたまま、ぎゅっと一度抱きしめると、片方の手を下に降ろしていった。
「あっ……」
 先ほどのキスから、すでに熱を持っているうちは自身を、制服の上から撫でた。
「準也っ…準也!!」
 声を殺したくても、準也の唇が離れる、少しの時間に、吐息と共に漏れ出してしまう。
「うちは…」
 掠れた声で準也がつぶやき、静かな空間にベルトをはずす金属音が響く。
 熱を持っていたのはうちはだけではなく、準也も同じ様子だった。
 うちは自身もズボンの中から開放され、ジトッとした外気に触れた。
 準也の首に手を回し、自分から、自身を準也のものに押し当てた。
(準也の熱が伝わってきてる…)
 触れた部分から、全てを感じたくて、自分で自分が何をやっているか認識できないほど、ボーっとしてしまう。
「んっ…準也、スキ……」
 ぎゅっと準也の手で二人のものを擦りあわされ、吐く息は次第に速く、浅くなり、同時に精を吐き出した。
(…大好きだよ、準也……)